A類(一般讃歌) 作詞 小池辰雄

番号題名作詩年月日曲(賛美歌ほか)
A01わが道伴れ1976.02.21讃美歌527 「わが喜びわが望み」

わが道伴れ  わが情け
わが旅路の主よ
なやみにも 苦しみにも
わが力の主よ!

わが道伴れ  わが情け
わが天路の主よ
山を越え 谷を渡り
偕に進みたもう!

わが道伴れ  わが情け
世の救いの主よ
わが身をも わが魂をも
捧げつつ進まん!
4わが道伴れ  わが情け
旅路の峠を
幾たびも越えに越えん
天翔〔あまか〕ける日まで!
A02みめ美しく1979.12.06讃美歌245 「おもいいずるも」

みめ美しく 純情の
女〔おみな〕を捕え 連れ来たり
パリサイ人ら 学の徒ら
イエスのみ前に 曳き出せり

「師よこの女 道ならぬ
わざをせし時 捕えけり
律法〔おきて〕によれば 石をもて
打つべきなるぞ 如何にせん」

師は身を屈〔かが〕め 地の上に
もの書き給う 応〔いら〕えせず
偽善者どもは いらだちて
返答〔こたえ〕を求め 問い迫る

師は身を起こし 言い給う
「汝〔な〕れらのうちの 潔き者
石を投げて!」 かく言いて
再〔ま〕た身を屈め 書き給う

この聖言〔みことば〕に 胸打たれ
老いも若きも 手の中の
石を落して 次ぎ次ぎに
姿を消せり 罪びとら

師は身を起こし 見給えば
女と師のみ 残りたり
「女よ汝〔な〕れを 責むる者
何処〔いずこ〕に在りや」「誰もなし」

情け深くも キりストは
彼女〔かれ〕に手を按〔お〕き 言い給う
「我も汝れをば 罪せじな
再びすなよ いざや往け!」

人の心を 知り給う
主のまなざしは いと深し
審〔さば〕きと赦〔ゆる〕し あざやかに
現わし給う 荷〔にな〕いつつ
A03時は来れり1979.12.07讃美歌169 「きけよやひびく」

時は来〔きた〕れり 大和〔やまと〕島根〔しまね〕の
民の在り方 神に問われん

心おごれる 昭和元禄
混濁の世は いずこへ往くや

人の心に 愛のかげなく
利をのみ追はば 崩〔くず〕れゆくなり

み霊の子らよ いかなるときも
祈りて受けよ 主のみ力を

いざや友らよ 主の武具を執〔と〕れ
世紀の終末〔おわり〕 近づきたれば

恵みの冑〔かぶと〕 み霊の剣
聖言〔みことば〕の盾〔たて〕 武装はよきか

主の義を鎧〔よろ〕い 愛を帯びして
恵信一如 希望に燃えよ

生くるは伝道 いかなるときも
福音〔よきおとずれ〕の 証人〔あかしびと〕たれ!
A04生れながらの1979.12.07讃美歌217 「天つ真清水」

生れながらの 跛者〔あしなえ〕が
美麗〔うつくし〕門に 坐し居れり
宮の出入りに もの乞うために
今日も変らず 手を伸べて

ぺテロとヨハネ 指しかかり
彼に目をとめ 言いけるは
「我らを見よ!」と 跛者は欣〔よろこ〕び
もの欲し顔に 見つめけり

ぺテロは言えり 「金銀は
我に無けれど わが有〔も〕てる
貴きものを 汝に与う
主の名に在りて いざ歩め」

右手をとりて 起こししに
足の踝骨〔くるぶし〕 力づき
直ちに立ちて 雀躍〔じやくやく〕したり
勇み歩みて 聖名〔みな〕讃〔たと〕う

驚きたるは 民衆よ
ソロモン廓〔ろう〕に 馳〔は〕せ集い
使徒にすがれる 跛者を囲めり
ペテロ彼らに 言い出でぬ

「イスラエル人 あやしむな
我らの力 敬虔〔けいけん〕も
彼の立ちたる 理由〔いわれ〕に非ず
我らを見るな 見つむるな

我らの始祖の 神エホバ
その僕たる キリストに
栄光〔さかえ〕あらしめ み業をなせり
我らはイエスの 手足なり」

このあしなえの 癒やされし
みわざに於て 使徒ペテロ
み霊に 在りて おのれを無とし
ただキリストを 証しせり
A05わがみ神よ1979.12.12讃美歌320 「主よみもとに」

「わがみ神よ 十字架の
この苦杯を 取り去り
み許にゆき 父と共に
とこしなえに 在りたし

されど我は み父の
み旨により 十字架を
負いて往かん ゴルゴダへと
我を棄てて 従わん」

主の十字架の かたえに
悪しき者ら 懸けらる
驕〔おご〕る心 砕ける胸
これぞ人類〔ひと〕の 分れ目

主言い給う 砕けの
胸の者に 「汝は
我と共に 今日この時
パラダイスに 在るべし!」

午後の三時 天地は
雷鳴のため 晦冥〔かいめい〕
いなずま飛び 地震〔なり〕振えり
歴史を絶つ 徴候〔しるし〕ぞ

十字架の主は 叫べり
エリエリレマ サバクタニ
更につづく 大音馨〔おんじよう〕
聖所の幕は 裂けたり

主は十字架を 荷〔にな〕いて
あがないわざ 果たして
甦〔よみがえ〕りて 現れたり
マクダレナに 最先〔いやさき〕に

復活の主は 昇りて
神の右に 坐したり
み約束の み霊〔たま〕降〔く〕だす
時を待ちて 祈り給う

聖霊〔みたま〕は火か 疾風〔はやて〕か
祈る群に 臨めり
ペンテコステの バプテスマぞ!
エクレシヤは 成りたり
A06神を無みして1979.12.16讃美歌260B「千歳の岩」

神を無〔な〕みして 万〔よろ〕ずの事を
いかに謀〔はか〕るも 空〔くう〕の空なり
ああ亡びゆく 文明文化

剣〔つるぎ〕を執〔と〕れば 剣に亡ぶ
万ずの国は 自滅への道
ああ人の世の 罪ぞ果てなき

世紀の終末(おわり) 近づきたれば
心を裂きて 神に帰れよ!
三次大戦 いつかは知れず

大和島根の人よ 醒(めざ)めよ
古来われらは 道の民なり
今こそ受けよ キリストの道

預現者どもも 主の使徒たちも
亡びゆく世に 真理(まこと)の道の
証(あか)しを立てて 世を去りゆけり

幼児(おさなご)どもに 国境(くにさかい)なし
イデオロギーの 限界(かぎり)を悟り
人間(ひと)に帰りて 手を握〔にぎ〕り合え

人はもと霊止(ひと) 神仏(かみほとけ)なり
万象帰一(ばんしようきいつ) 物心一如(ぶっしんいちによ)
万ずの人よ 相抱けよや

歴史の終末(おわり) 明日(あす)に迫るも
主にこそ在りて 人をば愛し
今日一日を 千年(ちとせ)と生きん
A07わが主キリストは1979.12.27讃美歌239 「さまよう人々」

わが主キリストはわが牧人〔まきびと〕
若草の野辺にわれを臥〔ふ〕させ
憩いの水汀〔みぎわ〕に伴〔つ〕れゆき給〔たも〕う
これこそ聖国〔みくに〕のすがたなれや

たとい死の陰の谷を往〔ゆ〕くも
われにおそれなし汝〔な〕れは我〔わ〕れと
共に在〔いま〕し給う 汝れの情け
汝がみ霊〔たま〕こそは わが生命〔いのち〕ぞ

わが主はわがため 仇敵〔あだ〕の前に
み霊の油を そそぎ給う
敵をも愛する 心こそは
聖霊(みたま)より出〔い〕づる 力なれや

恩恵(めぐみ)と真理(まこと)は 聖霊なれば
われらの中にぞ 入り来〔きた〕れる
これぞ永遠(とこしえ)の いのちなれば
われらは聖霊の 幕屋〔まくや〕たれや
A08きつねに穴ぐらあり1980.01.15讃美歌39「日くれて四方はくらく」

きつねに穴ぐらあり
小鳥には塒〔ねぐら〕あり
人の子枕するに
宿るべきところなし

山ゆかば石枕
野べにては草枕
主はかくぞ眠りける
父のふところとして

小船は木(こ)の葉の如〔ごと〕
波風にゆらぐとも
舟板〔ふないた〕を枕とし
キリストは眠りけり

あらしをいたくおそれ 
弟子どもは主を起こす
起きざまに主は言えり
「何ぞおそれまどうや」

舳〔へさき〕に主は起(た)ちてぞ
叫びける「風黙〔もだ〕せ!」
あらしは凪〔なぎ〕となれり
ああみ霊のキリストよ!

憂いに沈むときも
病気〔やまい〕になやむときも
キリストのふところに
眠りてみ力を得ん!
A09世の終末は1980.01.18讃美歌513 「あめにたから」

世の終末〔おわり〕は 近づきたり
心こめて 祈らん
主にありてぞ 世をば愛し
聖国〔みくに〕の民を 創造(つく)らん

火の試練(こころみ) 近づきたり
キリストの名のため
譏(そし)られなば 幸いなり
み霊うちに 燃ゆれば

み霊による たまものをば
惜しみなく ほどこし
魂(たま)の宝 天に積みて
聖民(みたみ)の証示〔あかし〕をせん
A10汝れわが衷に1980.02.07讃美歌48「静けき夕の調べによせて」

「汝(な)れ我が衷(うち)に しかと宿りて
祈り求めよ さらば成るべし

み父のわれを 愛する如く
汝を愛す わが愛に居れ」

キリストのため 生命〔いのち〕を賭〔か〕けて
人を愛せん み霊〔たま〕は助く

「汝れは愛なり 愛の炎ぞ!
聖霊〔みたま〕の愛を 貫き生きよ」
A11過越しの祭1980.06.15讃美歌330 「あめなるわが家を」

過越(すぎこし)の祭 近づきたり
この世を去るべき 時は近し

キリスト世にある おのが者を
きわまりなきまで 愛し給う

イエスには父より 父に還〔かえ〕る
正道(まさみち) 権威(みちから) 授けられぬ

最後(おわり)の晩餐(ゆうげ)の 時にのぞみ
上衣〔うわぎ〕をぬぎすてて 布を腰にす

盥(たらい)に水くみ 僕〔しもべ〕となり
弟子らの足をば 洗い給う

ペテロはかしこみ 「主よ足をば
洗いたまわざれ とこしなえに」

「われもし汝を 洗わざれば
汝と我とは かかわりなし!」

イエスのわれらへの 関係(かかわり)こそ
十字架・聖霊(みたま)の 関身(かかわり)なれ!

我らも互いに 足を洗い
キリストの愛を 身につけなん
A12われはシヤロンに――雅歌のこころ――1979.12.20中山晋平作曲「カチューシャ可愛いや」

「われはシャロンに 花咲く野バラ
わが牧人 馳〔は〕せ来たれ!
我を抱きて 接吻(くちづけ)たもれ」(f.)

「汝〔な〕れの鳩胸〔はとむね〕 み霊〔たま〕にみちて
汝れの息吹〔いぶ〕きは 天〔あま〕つ風
汝れが唇 滴〔したた〕る蜜よ」(m.)

「神に我が魂〔たま〕 一如(いちによ)となれり
われらもまこと 一つなり
いざや野山の牧場に往かん」(m.)

われをみ胸に 印(おしで)となせよ
愛の契(ちぎ)りは とこしえに
死をも突きぬけ 焔〔ほのお〕と燃ゆる!」(f.)
A13われには受くべき1980.10.14讃美歌343 「こよなきめぐみの」

われには受くべき バプテスマあり
ゴルゴタの丘の 十字架にぞある!

罪をばあがなう 棄身〔すてみ〕のわざを
成し遂ぐるまでは 祈りに祈る

あがないわざなる 十字架ののちに
聖霊臨まん 祈り待てかし

聖霊臨まば み力に満ち
聖国のみ民と 汝れはなるべし

み霊の火のほか 何をかのぞまん!
ハレルヤの叫び 汝れは叫ばん!

主のこのみこころ われに成りたり!
み霊の身証(あかし)を なさずばあらじ
A14戦尽きせぬ1980.10.16瀧廉太郎作曲「荒城の月」

戦(いくさ)尽きせぬ 人の世や
そのみなもとは 我欲なり
有無〔うむ〕相通い あたえなば
楽しき平和 来るものを

闘争(あらそい)絶えぬ 人の世や
幾千年の 血の叫び
野にも山にも 余韻〔よいん〕あり
神の審判〔さばき〕を 祈り待つ

妬〔ねた〕み争う 人の世や
神のみ前に 平伏〔ひれふ〕して
主の十字架の 贖罪(あがない)と
愛のみ霊〔たま〕に あずかれよ

世紀末なる 人の世や
武器を投げすて 鍬〔くわ〕を執〔と〕れ!
かたみにゆるし 愛せずば
世界はやがて 自滅せん

あなおろかしき 人の世や
救いがたきは 人の罪
宣〔う〕べキリストの 十字架は
世の終末(おわり)まで 現実(うつつ)なり

十字架の下(もと)相つどい
深く祈れば 必ずや
み霊くだりて 甦〔よみが〕えり
歓〔よろこ〕びに満ち 聖名〔みな〕讃〔たと〕う

ここにはじめて 平安の
神の国こそ 臨むなれ
み霊の力 身に満ちて
道を伝えん いつまでも
A15羔の血を 独唱(小池辰雄)あり1980.10.16田中穂積作曲「美しの天然」

羔(こひつじ)の血を 身に浴びて
あがなわれたる 白き群
苦難(くるしみ)経たる 生涯〔いのち〕ゆえ
栄光(さかえ)ゆたけき 御座(みざ)の許(もと)

神の幕屋〔まくや〕の 張られたる
その天然の 霊泉に
渇〔かわ〕きを知らぬ 永遠(とこしえ)の
生活(いのち)たのしむ パラダイス

数えつくせぬ 国民(くにたみ)の
星と散らばる 幕屋かな
類は相呼び 集りて
主のエクレシヤ(召団)ここに成る

我らも地にて 聖名〔みな〕ゆえに
十字架を負いて 生き貫〔ぬ〕かん
み霊の光 身に浴びて
主のみ生命〔いのち〕を 身証(あかし)せん
A16み霊と智慧の――ステパノ――1980.10.24讃美歌228 番「ガリラヤの風」

みたまとちえの ステパノなれば
神の歴史を 力づよく
パリサイの徒に 述ぶるすがたは
み使いの如〔ごと〕 かがやきたり

「父祖アブラハム イサクとヤコブ
兄らをゆるす 神のヨセフ
出エジプトを 果せしモーセ
ダビデ ソロモン 神のドラマ

うなじは硬(こわ)く 心と耳に
割礼〔かつれい〕なきは 汝〔な〕れらなるぞ
げに汝〔なんじ〕らは 聖霊(みたま)に叛く!
かくてイエスを 十字架せり」

ああステパノは かく叫びたり
彼ら怒りて 彼をとらえ
町より出だし 石にて撃てり
ここにステパノ 道に殉〔じゆん〕ず

み霊〔たま〕に満ちて 天に目をとめ
神の栄光と 主を仰ぎて
敵のゆるしを 主に祈りつつ
凱旋したり わがステパノ!
A17パリサイ サウロは――パウロの回心――1980.10.24讃美歌286 「神はわが力」

パリサイ・サウロは キりスト者たちの
男女のすべてを 捕えて伴〔つ〕れゆく

ダマスコへの途〔みち〕にて み霊〔たま〕の光に
矢庭〔やにわ〕に照らされて 途に倒れたり

「サウロ サウロ何ぞ 我ばを迫〔せ〕むるや
我はイエスなり!」サウロは平伏〔ひれふ〕す

イエス、アナニアニにサウロを示して
「サウロは選びの 器(うつわ)ぞと諭(さと)す」

「兄弟(はらから)サウロよ! 我は主イエスに
遣〔つか〕わされたれば 汝〔な〕れに手を按(お)かん」

億〔ああ〕! 彼の眼(まなこ)より 落ちたるは何か
鱗〔うろこ〕か心か! 聖霊〔みたま〕ぞ臨める

パウロは聖霊の バプテスマを受け
曠野(あらの)に祈れば 十字架ぞ立ちたる!

我は主と共に 十字架せられたり
我れは地に死にて み霊の主に生く
A18聖書の扉に1980.10.28讃美歌370 「めさめよわが霊」

聖書(みふみ)の扉に 体あたりし
平伏〔ひれふ〕し仰げば 門(かど)はひらき
われらは入りたり 神の国に
みどりの牧場に 泉辺〔いずみべ〕にぞ

聖書(みふみ)の現実(うつつ)は 神のドラマ
われらの集会(つどい)は その中にて
棄身〔すてみ〕の心で いのり叫び
み言〔ことば〕を喰〔くら〕い み霊〔たま〕を飲む

祈りの場(にわ)にて み霊臨み
めぐみとたまもの ゆたかなれば
或〔あ〕る人は異言〔いげん〕 或るは霊歌
病〔やまい〕もいやされ み名を讃〔たと〕う

十字架されれば み霊臨み
み言息吹〔いぶ〕くよ あなうれしや
我らはいのちに 満ちあふれれて
み名をたたえつ 主にぞ生きる

A19母の乳房を1980.11.26讃美歌538 「すぎゆくこの世」

母の乳房〔ちぶさ〕を 吸う兒〔こ〕の如く
主のみ霊〔たま〕をば 飲みてぞ生くる

母がすべての おさなごの如〔ごと〕
わが身を全〔また〕く 主に投げ入れぬ

主のふところに 祈り入りてぞ
み霊は臨み 力に溢〔あふ〕る

エン.クリストに 生くるわが身に
み霊の力 みなぎりあふる

み霊の流れ 脈々たれば
み民われらは 生命〔いのち〕の泉

み霊の火焔(ほのお) 炎々(えんえん)たれば
何をかのぞまん 力ぞみつる

いざや我らは 燃ゆるみ霊を
胸中(みぬち)に宿し 灯〔ひ〕を点〔とも〕さなん
A20信じ入れば1980.11.27讃美歌514 「よわきものよ」

信じ入れば み力を得(え)
行(わざ)に転じ 人を助く
〔おりかえし〕
主に在りて 力あり
主のみ霊こそ 原始力ぞ!

主に愛され 抱〔いだ〕かれなば
捨身〔すてみ〕の愛 われにみつる

新天地の 望みに生く
主の光を 四方(よも)に放つ
A21地は形なく――楽園喪失の歌――1980.11.28奥山朝恭作曲「青葉茂れる桜井の」

地は形なくただ空(むな)し 渕〔ふち〕のおもてはただ闇(くら)し
神のみ霊は水面(みなおも)を いとくすしくぞおおいける
神は叫べり「光あれ」! ここにはじめて光あり

神のみ業(わざ)のいやはてに 人を創造(つく)れり地(つち)をもて
神は霊気をその中に 吹き入れたれば生気あり
そのすがたこそみ像(かたち)に 一如なりけれあなかしこ

空には鳥が飛びかわし 地には獣が這〔は〕いまわる
されどアダムは独りにて 彼の相手はなかりけり
神は不憫〔ふびん〕に思いやり アダムをじっと見つめけり

神はアダムに手を按〔お〕きて 深き眠りにおとし入れ
肋骨(あばらぼね)を一つとり これを女〔おみな〕を創造〔つくり〕たり
アダムはエバを見て言えり 「わが骨の骨 肉の肉」

生きとし生けるもののうち エバのすがたに比(たぐ)うもの
ひとつもあらずエバの美は 神の芸術(たくみ)の傑作ぞ!
東西古今に謳〔うた〕わるる 美の極致(きわみ)こそ女体(によたい)なれ

エデンの園はパラダイス アダムとエバは思うまま
楽しきくらしをいとなめり これをねたみて木陰〔こかげ〕より
サタンの使者(つかい)美(は)しき蛇 エバに近よりささやきぬ

「善きと悪しきを知るの樹〔き〕を 汝〔な〕れら喰(くら)わば開眼し
神の如くに成るべし」と エバはたくみにだまされて
禁断の果〔み〕をまず喰(くら)い アダムも共に喰いけり

神の言に叛〔そむ〕きたる 二人はここに罪を知り
木の下陰に身をかくし 神のみ前を恐れたり
ときに声あり「わがアダム 汝いずこに今在るや!」

神のみ言〔ことば〕いと深し さばきとあわれみひびきたり
さあれ二人は楽園を 追い出されて荒れし地に
汗を流して働きて なりわいたつる道に就(つ)く
10
されどみ神は約しけり 「汝の裔(すえ)にメシヤ出で
蛇の首領(かしら)にうち勝ちて 救いの道をきりひらき
罪のゆるしを必ずや 与うべければ平安(やす)かれ!」と
A22春は野べに1980.11.29讃美歌515 番「十字架の血に」

春は野べに 夏は海に
秋は山の上(え)に 冬は雪に
〔おりかえし〕
主よ!われは 祈り入る
みふところこそ 愛の力!

出でて市(まち)に 入りて家に
見よいたるところ 主に見(ま)みゆる

聖書(みふみ)読めば み声ひびき
聖言(みことば)のおくに み霊息吹く
A23イエスは十字架に――ヨハネ伝第20章――1981.04.17讃美歌214 番「北のはてなる」

イエスは十字架に あがないの死を
果たし給うて 葬〔ほうむ〕られぬ
主の日の晨〔あした〕 死に勝ち給い
霊震をもて 石扉(とびら)倒す

マリヤ・マグダラ 石扉なきを見
ペテロ、ヨハネに その旨告ぐ
弟子たち走り み墓を見しに
主の影見えず おどろきたり

泣きつつマリヤ み墓のうちを
見れば二人の み使〔つかい〕立つ
白き衣の み使は言う
「女よ何ぞ 泣き悲しむ」

「誰かわが主を とりのぞけしや
いずこにおきし 我れ知りたし」
彼女(かれ)振り向けば 人影のあり
「女よ泣くな 誰をさがす」

マリヤはそれを 園守〔そのもり〕と見て
「君よ何処〔いずこ〕に 彼を置きし」
主はねんごろに「マリヤよ マリヤ!」
声におどろき 「ラボニ わが師!」

マリアに迫りて 主に寄りすがる
「われに触(さわ)るな  弟子に告げよ
父のみ許〔もと〕に われは昇ると」
マリヤ、弟子らに 主を証(あか)しす

その夕主は 閉じたる室に
入〔はい〕り給うて 「シャロ-ム ラケム!」
「我れ汝らを 世につかわさん」
祈り入りてぞ 聖霊〔みたま〕受けよ!
A24ゴルゴダの丘の――ぺンテコステの歌――1981.05.05讃美歌239 「さまよう人々」

ゴルゴタの丘の 十字架の上
天涯孤独の 主の御〔み〕姿
あがないの血潮 地に滴〔したた〕り
十字架に極まる 主の義と愛

主はよみがかりて 墓を破り
マグダラのマリヤ 女たちと
弟子にここかしこ 四(よん)十日
現われ給いて 約束せり

「汝〔な〕れらは日ならず 聖霊〔せいれい〕にて
バプテスマされ 祈り待てよ
聖霊臨まば 霊力(ちから)を受く
世界の極〔はて〕まで 証者となれよ」

ペンテコステの日 相集いて
使徒ら女たち 切に祈る
天よりにわかに 臨みたるは
み霊の疾風(はやて)よ み霊の火よ!

祈れる者みな うちに燃えて
み霊に満たされ 異言の波
別人のごとく 今やなりて
主のエクレシヤは ここに成れり

現今(いま)のエクレシヤ 危機を孕〔はら〕む
使徒らの次現に 立ち帰らん!
われらもいよいよ 祈り入りて
み霊の証しを 果たし往かん
A25いずれの教派も――新宗教改革――1981.05.08讃美歌271B「いさおなき我を」

いずれの教派も それぞれ意味あり
ただ胸に在りや 砕けの十字架

いずれの集会(つどい)も 観念不可なり
体当りせんかな 聖書〔みふみ〕の現実(うつつ)に

いずれの教派も 使命はそれぞれ
ただ胸に在りや いのちの聖霊〔せいれい〕

いずれの集会(つどい)も それぞれ今こそ
祈り入りゆかん 使徒らの次元に

キリスト教界 形式〔かたち〕を乗り越え
み霊に在りて 内面(うち)より改革!

キリスト教界 自由の心と
み霊の愛にて 世人(よびと)を愛せん

キリスト教界 主と一つになり
み霊の力で まことの伝道

主イエスの僕〔しもべ〕ぞ み霊の火となり
預言者と使徒の 後を継がん哉〔かな〕
A26主はサマリヤなる――ヨハネ伝4・4~30――1981.05.11讃美歌537 「わが主のみまえに」

主はサマリヤなる スカルの町まで
陽〔ひ〕照りのさ中を 辿〔たど〕りつきけりな
旅路につかれて 近よりたりしは
歴史も古〔ふ〕りにし ヤコブの泉ぞ

水を掬〔きく〕すべく サマリヤの女
泉辺〔いずみべ〕に在りき 奇〔く〕すしき出会いよ
「我に飲ませよと」 イエスはたのみける
「汝れはユダヤ人 何ぞ求むるや」

「我れを知らざるや 我こそ汝に
活ける水を今 与え得るものを」
「その活ける水は いずこより得しぞ
父祖ヤコブよりも 汝は偉〔い〕なるか」

「この水飲むとも 渇きは止まらじ
されどわが水は 渇きをば知らず
わが水飲むとき 泉となりてぞ
永遠(とわ)なる生命〔いのち〕の 水ぞ湧き出〔い〕づる」

「わが主よ永遠〔とわ〕なる 水をば与えよ」
「帰りて夫(つれ)をばここに伴〔つ〕れて来よ」
「我れには夫なし」 「汝が言うが如し」
汝は嘗〔かつ〕ては 五人〔ごたり〕もありけり」

「汝は預言者! 此処〔ここ〕なるゲリジム
礼拝なすべき われらの山なり」
「女よ信ぜよ! いついずこにても
礼拝なし得る 時こそ到れる」

「み父に祈るは み霊と誠〔まこと〕ぞ
神こそ霊なれ み父は誠ぞ」
「げに我れ信ずる メシヤの来たるを」
「汝ともの言う 我こそそれなれ!」

女はおどろき 水瓶〔みずがめ〕捨て置き
いそぎて馳〔は〕せ往き 巷(ちまた)に呼ばわる
「道ゆく人々 来たりて見よかし!
げに我れ見たるぞ キリストわが主を!」
A27カナンの女1981.07.07讃美歌217 「あまつましみず」

カナンの女 道べより
主のみ姿に 叫び寄る
「主よ、ダビデの子 憐み給え
悪鬼〔あつき〕に悩む わが娘!」

されどイエスは 応答(いらえ)せず
弟子どもも主に 請〔こ〕いて言う
「帰えし給えよ 叫ぶ女を!」
主は之(これ)を受け 可(よ)しとせり

我は父より 遣〔つか〕わされ
ヤコブの家の 失せにける
羊の如きわが民のみを
救わんとてぞ 来〔きた〕りける」

カナンの女 跪〔ひざまず〕き
「助け給えよ 我を主よ!」
「子供のパンを 子犬に投げじ」
主は情〔つ〕れなくも 拒みけり

女応(こた)えて 「然り主よ
子犬も喰〔くら〕う 食卓(つくえ)より
落つる主人(あるじ)の 食屑(たべくず)をすら」
噫〔ああ〕、この言葉 主を撃〔う〕てり

「カナンの女! 平安(やすか)れよ
汝(な)が信こそは 大いなり
願いの如く 汝(な)れに成れかし」
娘直ちに 癒〔いや〕されぬ
A28ベタニヤなるある女1981.08.15アイルランド民謡「庭の千草」

ベタニヤなる ある女
石膏壺〔アラバストロン〕を うち割りて
主の首〔こうべ〕に 心こめて
ナルドの香油を 注ぎけり

主の弟子どもは これを見て
勿体〔もつたい〕なやと 憤〔いきどお〕る
「それを売りて 貧者のため
施しごとを なすべきに」

主は言い給う 「この女
葬りの為 わがために
涙ながら 注ぎたるぞ
我はほどなく 別れ往く

まことに告げん 全世界
いづこなりとも 福音の
伝えらるる ところにては
憶〔おぼ〕えらるべし この女!」
A29十字架のもと1981.09.05讃美歌365 「十字架のもと」

十字架のもと 祈り入れば
み霊臨み 身は火の如し
魂〔たま〕も燃えて 聖名〔みな〕を讃〔たと〕う
わが主イエスよ わがすべてよ

主よわが主よ 今此処〔ここ〕にて
我をとらえ み旨〔むね〕を示し
智慧〔ちえ〕と力 そそぎ給え
汝〔な〕がみ業〔わざ〕を なさせ給え

主よ、われらは 汝のもの
汝〔な〕がうちにぞ 我ら生きて
汝が愛をば 生命〔いのち〕として
愛に生きん 永遠〔とこしえ〕まで
A30いとも聖なる――イザヤ1~33、36~39章――1983.06.23讃美歌214 「北の極なる氷の山」

いとも聖なる 万軍の主
その栄光は 全地に満つ」
セラビム舞いて かくぞ歌う
神殿〔みとの〕もために 霊に震う

霊に感じて イザヤ叫ぶ
「禍〔わざわ〕いなるぞ われは亡ぶ
万軍の主を けがれし我れ
見まつりたれば われは亡ぶ」

「セラビム我れに 飛び来たりて
わが唇を 火にて焼けり」
主のみ声あり、「誰を遣〔や〕らん」
「遣〔つか〕わし給え 我れはここに!」

「愛の愛なる葡萄〔ぶどう〕園〔ぞの〕よ!
酒槽〔さかぶね〕、望楼〔ものみ〕 備えせしに
結びしは是〔こ〕れ 野葡萄なり
棘〔おどろ〕、荊〔いばら〕の 荒野とならん

神の審判〔さばき〕と 神の義とを
求めてそこに 生きて在れよ
シオンは審判に あがなわれぬ
帰る者らも 神の義にぞ

神の徴〔しるし〕は いつ出づるや
運命〔さだめ〕の危機ぞ 祈り待てよ
徴〔しるし〕は何ぞ 「インマヌエル」
乙女〔おとめ〕の子なり メシヤ予言

主は避け所 躓〔つまず〕く石
妨〔さまた〕ぐる磐〔いわ〕 民らの網〔あみ〕
罠〔わな〕ともなりて 救の主なり
万軍の主の 愛は是〔こ〕れぞ

センナケリブの 雲霞〔うんか〕とまがう
大軍来たり エルサレムを
包囲せしかど 何か恐れん
エホバにイザヤ 祈り入れり

イザヤの熱き 祈りに応え
主のみ力は 現われたり
アッシリヤ軍 一夜〔ひとや〕にして
壊滅したり 神の力
10
エッサイの根ゆ 芽生〔めばえ〕出でぬ
エホバのみ霊 これに宿り
智慧〔ちえ〕と明悟〔さとり〕と 能力〔ちから〕に満ち
腰に義の帯 身には信実〔まこと〕
11
「わがエジプトよ わが手のわざ
アッシリヤ国 イスラエルと
相携〔たずさ〕えて 我に帰らん」
その日世界は 平和と成らん」
12
狼、羊、豹と小山羊
牧の牡獅子〔おすじし〕 牝牛〔めうし〕と熊
乳児〔ちのみご〕と蛇 相助くる
愛のあふるる 聖国〔みくに〕来たれ!
A31曠野の如き――サフランの歌、イザヤ34~35章――1983.02.01一高寮歌「ああ玉杯に花うけて」

曠野〔あらの〕の如き 人の世や
文化はあれど 虚偽〔いつわり〕の
平和の蔭〔かげ〕に 軍備あり
妖星〔ようせい〕走る 空の下
西も東も 平安〔やす〕からず
いつまでかくて あるべきや

天〔あま〕つ御〔み〕神は 国々の
軍〔いくさ〕に向い み怒を
あらわし給う 鬩〔せめ〕ぎ合う
戦争〔いくさ〕起これり み審判〔さばき〕の
天の剣〔つるぎ〕は 血を浴びぬ
万象消えて いと暗し

わが腸〔はらわた〕は 沸〔に〕えたぎり
胸も轟〔とど〕き 裂けんとす
聞け爆音の 雷霆〔いかづち〕を
見よ爆音の 炸裂〔さくれつ〕を
原爆大戦 捲〔ま〕き起こり
全地は今や 生き地獄

敗滅〔ほろび〕の報道〔しらせ〕 空を飛び
混沌〔カオス〕と淆乱〔バベル〕の 地に化しぬ
幕屋はいずこに 見えわかず
刺草〔いらくさ〕・薊〔あざみ〕 焼けただれ
狼・梟〔ふくろう〕 影見えず
莫々〔ばくばく〕たりや 全世界

時は移りて 時期〔とき〕を呼び
壊滅〔ほろび〕の夜は 明け初〔そ〕めて
朝霧霞〔かす〕む 地の面〔おも〕に
朝日の光 指しそえば
小〔お〕草の芽生〔めばえ〕 現われぬ
ああ復活の 春は来ぬ

見よ曠野〔こうや〕には 紅白の
サフランの花 咲き薫〔かお〕り
見渡すかぎり 楽園に
復活〔よみがえ〕りたり あな不思議
いざ平伏して 聖名〔みな〕を呼び
声高らかに 讃美せん
A32イスラエル・ユダの――イザヤ40~48章――1982.08.28讃美歌530 「うき世の嘆きも」

イスラエル・ユダの 罪はゆるされ
バビロンを出〔い〕でて 帰りし如く
我らも出我〔しゆつが〕し み許〔もと〕に来たり
十字架・聖霊〔みたま〕の 道につきけり

宇宙を創造〔つく〕れる み神の眼には
諸々の民は 無きにもひとし
あらがう国々 塵〔ちり〕にも似たり
み神の霊知は 測りも知れず

汝ら知らずや 耳にもせぬか
み神はみ空や 見おろし給い
地に住む者らを 蝗〔いなご〕とぞ見る
涯〔はて〕なきみ空は 神の幕屋ぞ

み霊〔たま〕のみ神は 力の源〔もと〕ぞ
依〔よ〕り頼む者に 力を賜〔たも〕う
晨〔あした〕に夕に いそしみたれど
み力臨みて つかれを知らず

「まことに我こそ 自らのゆえ
汝れらの罪過を 心に止めず
汝れらの罪過は 雲散霧消〔うんさんむしよう〕!
わが愛わが義は 与えて尽きず!

我は汝らを あがなえる神
汝れらはわが有〔もの〕 名を与えたり
水中〔みなか〕を渡るも 溺れず水に
火中〔ひなか〕を往くとも 燃ゆることなし

キリストの僕 撰〔えら〕びの群よ
預言者・使徒らの 道を受け継ぎ
聖霊〔みたま〕の幕屋を 張りける僕
み霊の火となり 突き進めかし

選びのみ民よ み霊の群よ
汝れらは誰しも 愛の人たれ
傷〔いた〕める蘆〔あし〕をば 直〔なお〕く立たしめ
小暗〔おぐら〕き灯火〔ともしび〕 燃え立たしむる」

エホバのみ神は み民のうちに
み霊の主として 隠れて在ます
うつせ身われらに キリスト・イエスは
隠り身となりて はたらき給う
10
「救をほどこす 我は義の神
胎〔たい〕を出でしより 汝を負えり
年齢〔よわい〕の果てまで 荷〔にな〕いて救わん
使命のかぎりを 貫き果たせ!
11
我こそ今しも 汝に示さん
未だ告げざりし 世界の秘事を
わが名のゆえにぞ 怒りを抑〔おさ〕え
審判〔さばき〕の時期〔とき〕をば 忍びに忍ぶ
12
われこそ歴史の 元始〔アルパ〕と終末〔オメガ〕
世界は今こそ 回帰せざれば
前代未聞〔みもん〕の悲劇的終末〔カタストローフエ〕!
全地は地獄〔ゲヘナ〕に 変貌すべし!
A33主なるキリストは――イザヤ49~55章――1982.11.05讃美歌359 「夕陽はかくれて」

主なるキリストは    選びの民の
救主なれど       彼らは受けず
さはあれキリスト    世の終末〔おわり〕まで
彼らの帰るを      祈り待ち給う

「ああイスラエルよ   選びの民よ!
母親情〔つ〕れなく   その乳児〔ちのみご〕を
忘るるあるとも     我は忘れじ
永遠〔とこしへ〕の愛に 抱かれざるや」

主は侮られて      人に棄てられ
苦患〔なやみ〕を知り給う悲哀〔かなしみ〕の人!
しかるに我らは     神に打たれて
苦しめられたる     人と思えり

苦しみを忍び      口を開かず
屠場〔ほふりば〕に向う 羔〔こひつじ〕の如〔ごと〕
我らの罪をば      荷〔にな〕いて独〔ひと〕り
十字架の上にて     砕かれ給う

復活〔よみがえり〕の主は パウロを選び
聖〔み〕霊の器に    翻〔ひるが〕えらしめ
異邦〔ことくに〕人への 栄光〔ひかり〕となして
世界にあまねく 道を伝えり

「わが義は来たれり   我は救ぞ
この義を受くれば    救われてあり
贖〔あがな〕われし者  讃歌〔うた〕を謳〔うた〕えよ
汝れらが胸には     歓〔よろこ〕び絶えじ」

み母の胎〔たい〕より  生〔あ〕れにし時ゆ
み神に護られ      育〔はぐ〕くまれたり
聖〔み〕言聖〔み〕霊は わが生命〔いのち〕なり
イエス・キリストの   無者たる僕

「わが愛の幕屋     大胆なれよ
エホバの僕よ      時期〔とき〕は迫れり
身証〔あかし〕の伝道  地道になして
幕屋を拡めて      綱を延ばせよ」

実存主〔エホバ〕をたずねよ 日の暮れぬ間に
近くに居給う      主を求めよや
とやかく思わで     イエスに帰れ!
み腕を拡〔ひろ〕げて  抱〔いだ〕き給うぞ
10
日の本〔もと〕の人よ  聖書〔みふみ〕に来たれ
神のドラマたる     現実〔うつつ〕の中に!
キリストの力      われらに迫り
思わず叫ばん      ハレルヤ・アーメン
11
「渇ける人々      来たりて飲めよ
永遠〔とこしえ〕の水を われは与えん
我は聖霊の       バプテスマせん
歓び尽きせぬ      生命に溢れん
12
わがエクレシヤよ    使徒らの如く
我れに立ち帰り     一如〔いちによ〕となりて
いずこも聖国〔みくに〕の 現実〔うつつ〕となして
いずれの人をも     迎え抱けよ!」
A34み霊の主イエスに――イザヤ56~66章――1981.08.10讃美歌537 「わが主のみ前に」

み霊の主イエスに 深く祈り入る
悲しみにかえて 歓喜の油
憂いの心に 讃美の衣を
与えてやまざる われらの義の主よ

願わくは汝 み空を裂きてぞ
天降〔あも〕りし給いて 汝〔な〕が義のみ霊を
霰〔あられ〕と降らしめ 枯葉にも似たる
われらの空しき 義を吹き飛ばせよ

日の本〔もと〕の国の 義朝日の如く
大和〔やまと〕民族の 救松火〔たいまつ〕と
燃えて輝くまで われらはみ霊の
炎をともして 休むことあらじ

われらキリストを 大いに喜び
われらの魂 主をたのしみとす
新郎〔おのこ〕が新婦〔おみな〕を よろこぶが如く
キリスト我らを 喜び給うぞ

主イエスのみ霊は わがうちに来たり
われらは福音を 語らざるを得ず
たましひを救い 心の呻〔うめ〕きを
からだの痛手〔いたで〕を 鎮〔しず〕めしめ給う

われは独りにて 酒槽〔さかぶね〕を踏めり
主キリストのみは 我を知り給う
主の義のゆえにぞ 憤〔いきどお〕りたれど
救贖〔あがない〕の故に 黙〔もだ〕して荷〔にな〕えり

いつわりなき子ら 汝らわが民!
われに祈り入れ われに帰り入れ!
わが愛の腕〔かいな〕 抱〔いだ〕きて荷わん
み霊の力は 汝〔な〕れらに溢れん

天〔あめ〕なるみ国の 幻の中〔うち〕に
第三イザヤの 見たるは何ぞや
み霊に満ちたる 永遠〔とこしえ〕の乳房〔ちぶさ〕
父なるみ神の 恵みの徴〔しるし〕ぞ

汝は我らの 衷〔うち〕なるみ神よ
我らは汝の 衷なるみ民よ
天地を新たに 創造〔つく〕り給う主よ
百年〔ももとせ〕生くるも永遠の一日〔ひとひ〕
10
イザヤの預言は ひびきて新たに
ヨハネの黙示に 希望の花をば
咲かせて果てなき み国を現じて
み民に讃美の ハレルヤ挙げしむ
A35み空を渡る雲1981.09.01ドイツ歌曲「ローレライ」

み空を渡る雲 谷の流れ
翼をひろげて 風に乗る鷲〔わし〕
白帆〔しらほ〕をかかげて 滑〔すべ〕りゆく舟
自然の法相〔すがた〕の 美しさよ!

み空はかき曇り むら雨〔さめ〕降る
小鳥はねぐらに かくれゆきたり
いなずま閃〔ひらめ〕き 雷〔いかずち〕鳴れり
自然の法相〔すがた〕の 快〔こころよ〕さよ!

人の世の道相〔すがた〕は みだれたるか
無心の大道は 昔語りか
愛の深き影 いずこにありや
キリストの道を 貫き往かん

今こそは世界の 政治家たち
心を注ぎて 手を握〔にぎ〕れかし
主義を立ち越えて 和をばはかれよ
若〔も〕し然〔し〕かせざれば 世界破滅!
A36涯しも知れぬ大宇宙――最大の芸術家――1983.09.06一高寮歌「太平洋の波の穂に」

涯〔はて〕ても知れぬ大宇宙 銀河の数は幾億か
何億光年走るとも 極〔きわ〕まりなけれその時空
夜空を仰ぎ言〔ことば〕なし 神のみわざの神秘さよ

太陽系のこの地球 その天然のゆたかさよ
春夏秋冬めぐりゆき 花咲き匂う野山あり
小鳥は舞いて昆虫〔むし〕すだく 神のみ園の美しさ

椿に梅に桃の花 海棠〔かいどう〕、連翹〔れんぎよう〕、山桜
朝顔、菫〔すみれ〕、百合、桔梗 尾花よ、萩よ、藤袴〔ふじばかま〕
撫子〔なでしこ〕、葛〔くず〕よ、女郎花〔おみなえし〕 宇宙の影かコスモスよ!

創造のわざ万象の いやはての傑作〔さく〕、そは何ぞ
神の似姿人の影! 文明文化極まりて
芸文のの華咲き香る 芸術〔たくみ〕の源〔もと〕は神と知れ!

大自然には国境〔さかい〕なし 幼児〔おさなご〕らにも国境なし
いずれの国も神の属〔もの〕 自国の使命自覚して
大指揮者たる神に拠〔よ〕り 交響楽を奏でずや
A37われはみ父の――ヨハネ5、6章――1984.03.08一高寮歌「そよぐ橄欖風かおる」

われはみ父のなすを見て 行うほかに何ごとも
いかで自らなし得んや み父の力受くるのみ
すべてを父は子に示す 愛すればこそいつにても

わが言をよく聴きて この世に我をつかわせし
父を信ずる人こそは いのちを得たり永遠の
審判〔さばき〕を受けず今にして 死より生命〔いのち〕にうつりたり

み神のパンは天降〔あも〕りして 生命をば世に与〔あた〕うなり
われは生命のパンなるぞ 我に来〔きた〕らば亡びなし
我を喰〔くら〕えよわれを飲め わが血と肉に生命あり

わが汝らに語りける 言〔ことば〕は霊の生命なり
わが血も肉もみ霊〔たま〕なる 愛の生命にほかならず
祈り入りてぞ身に受けて 我と一如に生きよかし

イエスはみ神の無者なるぞ されば我らは無者たれや
主の十字架の賜いたる 無の現実に在るなれば
かくてみ霊は天降〔あも〕りして 無量の力身に溢る
A38荒野の中に――黙示録17~18章――1984.09.04田村虎蔵作曲「妙義山」
1
荒野の中に 我れ観〔み〕たり
緋〔ひ〕色の獣に またがれる
紫衣〔きぬ〕と 宝石を
からだにまとえる 大淫婦

いかなる女か この徴
驕〔おご〕れる妖婦〔ようふ〕の バビロンぞ
その酒杯〔さかずき〕は 聖徒らの
貴〔とうと〕き証〔あかし〕の 血にあふる

この世の富と 権勢〔ちから〕なる
バビロン驕〔おご〕りて その元主〔かしら〕
羔〔こひつじ〕の君を あなどりて
サタンの軍備を 増しゆけり

力に満ちたる 御使〔みつかい〕が
礪臼〔ひきうす〕の如き 大石を
抬〔もた〕げて海に 投げこみて
都の滅亡〔ほろび〕を表わせり

大なるバビロン 倒れたり
羔の怒 現われぬ
狂える迫害 つづけたる
王者の都は 滅びたり

禍〔わざわい〕なる哉〔かな〕 今世紀
み神にそむける 文明は
羔の審判〔さばき〕 招くなり
世界は今こそ 危機なれや

禍〔わざわい〕なる哉〔かな〕 世紀末
悪魔の兵器の 生産に
狂える世界よ クオヴァディス?
世界よみ神に 立ち帰れ!

まことの霊止〔ひと〕に 立ち帰り
イデオロギーを 乗り越えて
東と西の 為政者〔いせいしや〕よ
心と心の 握手せよ!
A39羔の婚姻――黙示録19~22章――1984.09.04一高寮歌「ああ玉杯」

救済〔すくい〕と栄光〔さかえ〕 神のもの
御審判〔さばき〕義なり 真理〔まこと〕なり
神の僕〔しもべ〕ら 報〔むくわれぬ
血の復讐は 果〔は〕たされぬ
ハレルヤ アーメン 僕たち
全能の主を 讃美せり

忍び待ちたる 時機〔とき〕は来〔き〕ぬ
羔〔こひつじ〕イエス 今こそは
エクレシヤなる 花嫁と
婚姻の座に つき給う
幸〔さち〕の極みの 時は来ぬ
み国の晨〔あした〕 明け初〔そ〕めぬ

嗚呼〔ああ〕歓喜〔よろこび〕の 徒輩〔ともがら〕よ
聖名〔みな〕を讃えん 羔の
婚姻の時期〔とき〕 遂に来ぬ
新婦〔はなよめ〕今や かがやける
細布〔ほそぎぬ〕を着て 備えせり
そは聖徒らの 行為〔わざ〕なるぞ

白馬に騎〔の〕れる 神の人
炎の如き 眼の光
衣の色は 血潮なり
「神の言」は その聖名ぞ
白き細布 まといたる
天の大軍 従えり

騎士の口には 利〔と〕き剣
その聖手〔みて〕の中 鉄の杖
神の烈〔はげ〕しき み怒の
血の酒槽〔さかぶね〕を 踏み給う
その聖衣〔みころも〕の 文字は是〔こ〕れ
「王の王」なり 「主の主」なり

われまた見たり み使の
日影〔ひかげ〕の中に 立ちたるを
彼れ叫びたり 「鳥どもよ
神の族〔やから〕を 苦しめし
王侯〔おうこう〕代官 もろもろの
悪の徒輩〔やから〕の 肉を喰〔くら〕え」

われまた見たり 獣らと
地の権勢と その魔軍
白馬の騎士と 天軍に
挑〔いど〕みかかれる 決戦を
ハルマゲドンの この戦〔いくさ〕
サタンの魔軍 敗れたり

我また見たり み使の
鍵と鎖を たずさえて
蛇なるサタン うち捕らえ
陰府〔よみ〕に投げ入れ 封ぜしを
千年〔ちとせ〕の間 悪魔より
諸国の民を 護るべく

我れまた見たり キリストと
神の言を 証〔あかし〕して
カイザル礼拝 拒みたる
殉道の士が よみがえり
千年の間 キリストの
栄光〔さかえ〕のみ座に 侍〔はべ〕れるを
10
千年王国 終りたり
ここにサタンは 放たれて
ゴグとマゴグを いざないて
悪の軍旅 集〔つど〕わしめ
聖徒の陣営 囲みしが
神の火魔軍を 焼き尽くす
11
ああ開かれぬ 新天地
聖なる都 エルサレム
新婦〔はなよめ〕の如〔ごと〕 準備〔そなえ〕して
神のみ許〔もと〕ゆ 天降〔あも〕りせり
大なる声 聖座〔みくら〕より
出づるを聞きて 歓喜せり
12
「神の幕屋は 人と偕
神は今こそ 霊止〔ひと〕の中
人は今こそ 神の民
神は自ら 人に住む
今や死も無く かなしみも
くるしみも無し 涙無し」
13
「視よ我れすべて 新たにす
旧〔ふる〕きは去りて 事成れり
我れアルパなり オメガなり
我は生命の 源泉〔みなもと〕よ
勝利の子らよ わが子らよ
来〔きた〕りて飲めよ 永遠〔とこしえ〕に」
14
聖なる都 エルサレム
その光輝〔かがやき〕は 碧玉〔へきぎよく〕か
都の城の 石垣〔いしがき〕に
十二の門あり その上に
十二支族の 名を記〔しる〕す
十二の使徒の 名は礎石〔いし〕に
15
神の都の 石垣の
基〔もとい〕を見よや さまざまの
光りかがやく 宝石よ
あな美〔うる〕わしや み空なる
虹の光の 結晶か
十二の宝玉〔たま〕の 石垣よ
16
都の内に 宮を見ず
全能の神 羔〔こひつじ〕は
天〔あま〕つシオンの 宮なるぞ
ああ日も月も 照らすなし
神の栄光〔さかえ〕ぞ 光なる
羔はその 灯火〔ともしび〕よ
17
都大路〔おおじ〕の 真中には
水晶の如 透徹〔すきとお〕る
生命〔いのち〕の水の 河流る
その両岸に 樹々〔きぎ〕ありて
十二種の実〔み〕を 結ぶなり
その樹々の葉も 妙薬ぞ
18
「この書〔ふみ〕の預言 封ずるな
不義をなす者 不義をなし
義に生くる者 義に生きて
黒白あらわに 現われて
神のみ民と 陰府〔よみ〕の子の
別るる時期〔とき〕は 迫りたり」
19
「視よ速〔すみ〕やかに 我れ到る
おのが衣を わが血にて
洗いし者に 幸〔さち〕あれよ
われはダビデの 萌生〔ひこばえ〕よ
輝く曙〔あけ〕の明星よ!
我れ速やかに 到るべし」
20
聖霊〔みたま〕も新婦〔よめ〕も 叫ぶなり
「新郎〔はなむこ〕イエス 来たりませ!」
「われ速やかに 到るべし」
「アーメン主イエス 来たりませ」
天地に木霊〔こだま〕す 「マーラナタ
アーメン イルクー クリエ イエス!」
       ハレルヤ
A40キリストは地に在りて――キリストとペテロ――1985.02.21(作曲 市川りり子)

キリストは地に在りて 枕なき旅の人よ!
キリストは罪の世に 神のみ業〔わざ〕神の言〔ことば〕
ハレルヤ ハレルヤ
あらわしませり 見よこの人!
誰か知らんこの真理〔まこと〕を 身を提し来たりて見よ

主イエスはよみがえり テベリヤの湖辺〔うみべ〕近く
弟子どもに現われて「舟の右舷にあみを卸〔おろ〕せ!」
ハレルヤ ハレルヤ
網に満ちたる大漁なりき
誰か知らん主キリストの 深き愛今も然り

「ああシモン愛するや」「主よ然りわれは愛す」
主は三度〔みた〕び問い給う 「主をば愛し聖名を讃〔たと〕う」
ハレルヤ ハレルヤ
「牧の羊を確〔し〕かと飼えよ!
噫〔ああ〕ペテロ、我れと供に 十字架の道を往けよ!」
A41十字架上の七言1985.03.10讃美歌136 「血潮したたる」

あやしき雲に 空は暗み
ゴルゴタの上〔え〕に 立つは何ぞ
十字架は三基〔き〕 何の徴〔しるし〕
罪びと左右 義人真中〔まなか〕

「汝〔な〕はキリストか いざおのれと
我らを救え」 かくうそぶく
声に応えて 「我らは罪!
汝畏〔おそ〕れよ 神の聖名を」

「主よキリストよ 憶〔おぼ〕えたまえ
み国の旅に昇るときに」
「よき告白ぞ 我と共に
汝れは今日しも パラダイスぞ!」

地の罪びとを執〔と〕りなしてぞ
十字架イエス 叫び給う
「道に外〔はず〕れし 彼らなれば
ゆるしたまえや 父よ神よ」

ヨハネを見詰め マリヤに言う
「女よ見よや これは汝〔な〕が子」
ヨハネに向かい かくはさとす
「母のマリアは 汝〔な〕が母なり」

天地晦冥〔かいめい〕 午後の三時
「わが神 み神! 何ぞ我を
見棄て給いし!」 かく叫びば
雷光雷鳴 これに応〔こた〕う

血潮したたり 地に沁み入る
「ああわれ渇く!」 血の呻〔うめ〕きぞ
「事は畢〔おわ〕りぬ」 愛の叫び!
あがなひの業〔わざ〕 ここに成りぬ

「わがたましひを ゆだねまつる
父よ神よ!」 大音声〔おんじよう〕!
聖所の幕は 震い裂けぬ
天地〔あめつち〕ともに 霊に震う
A42深き情けの旅路――ルカ5・11に因みて――1986.07.31小山作之助作曲「卯の花の匂う垣根」

ゲネサレの湖〔うみ〕の岸べの
群衆に舟より語る
イエスのみ言〔ことば〕み霊〔たま〕の波

「やよペテロ舟を深処〔ふかみ〕に
乗り出〔い〕だし網を下〔おろ〕せよ
漁〔すなど〕り大ならんいざ往けよ」

「終夜〔よもすがら〕労したれども
徒〔いたず〕らに漁〔すなど〕りしのみ
されどもみ旨〔むね〕に従わん」

こは如何〔いか〕に大漁のために
網は裂け舟は傾き
二艘〔そう〕の舟に魚〔うお〕は満つ

驚きてペテロは言えり
「去り給え主よわが神よ
み前に堪〔た〕えず罪の身は」

キリストはペテロに言えり
「懼〔おそ〕るなよ汝今より
世の人々を漁らん」

人生の旅路の日々を
この聖書いよいよ深く
身読〔しんどく〕してぞ人に伝えん

主よ 然り我を否みて
み力を全身に受け
深き情けの旅路往かむ
A43主の大饗宴――ルカ14・15~24に因みて――1986.08.01「追憶」星かげやさしく

ゆたけき夕食〔ゆうげ〕ぞ 設けられたる
招かれたる人 使いの者に
「田地を買いたり 我れ見ざるを得ず
此度〔こた〕びはゆるせよ」 再〔ま〕たとなき招き
ああ拒めり その夜〔よ〕

「われ五軛〔いつくびき〕の 牛を買いたり
これを験〔ため〕すため 往かざるを得ず」
「われ妻帯せり 往くこと能〔あた〕わず」
呼ばれし者たち 断われりすべて
ああ何たる ことぞ

僕〔しもべ〕の報〔しら〕せを 家主〔あるじ〕は聞きて
怒りて街路〔まち〕より 貧しき人と
身体障害の 人々を呼びて
席に着かせしが なお余りありし
ああ世人〔よびと〕を 呼べり

アブラハムの子ら キリスト教徒
名のみの信にて サタンに負けて
世とその慾〔よく〕とに 心乱れなば
主の大饗宴 招かれ往く者
ああ一人も 無きぞ

キリスト召団! 主の日を遵〔まも〕り
曠野〔あらの〕の霊泉の み力を受け
六日の旅路を 勇ましく歩み
道往く人にも 霊水を頒たん
ああ饗宴の 希望
A44パリサイ人と収税人――ルカ18・9~14に因みて――1986.08.02瀧廉太郎作曲「荒城の月」

パリサイ人と収税人 宮にのぼりて祈りせり
パリサイ人は立ち上がり 心の中にかく祈る

「神よ感謝すわが義をば 強奪〔うばい〕も不義も姦淫も
他人〔よそびと〕のこと献物〔ささげもの〕 律法〔おきて〕の如し断食も」

見よはるかなる収税人 平伏〔ひれふ〕し拝み胸うちて
「あわれみ給え神よ主よ 罪びと我れを」かく祈る

パリサイ根性自己義認 おのが信仰誇るなり
主の本願は唯だ一つ 十字架・聖霊受くるのみ

我らもつねにあるがまま 砕けの心身につけて
キリストの無者自覚して 荷〔にな〕いの人よどん底で
A45霊肉渾然一如――復活のキリスト ルカ伝24章に因みて――1986.08.02一高寮歌「春爛漫の花の色」

十字架の日は暮れゆきて 安息〔シヤーバツト〕の日明け初〔そ〕めぬ
園の墓なる洞窟に 横たう人に聖霊は
親しく宿り夜は更〔ふ〕けぬ かくて霊〔く〕すしき晨〔あさ〕は来〔き〕ぬ

イエスを慕う女たち 香料もちて墓にゆく
石の扉は転〔まろ〕びあり 墓の中には屍〔かばね〕なし
懼〔おそ〕れ迷いてふと見れば 白衣の輝く御使〔みつかい〕よ

天使は告げぬ「キリストは 甦〔よみがえ〕りたりガリラヤで
語り給えるみ言〔ことば〕を 憶〔おも〕い出〔い〕だせよ」女たち
墓より帰り弟子どもに この出来ごとを報せたり

かのマグダレナ全身の 力をこめて語れども
使徒らはこれを妄語〔たわごと〕と みなして信ぜずペテロすら
さはあれペテロに走りゆき 見ればみ墓は空〔から〕なりき

噂〔うわさ〕を聞きて弟子二人〔ふたり〕 エマオに向かい旅立てり
その道すがらとやかくと 語らう傍〔かた〕えに或る人が
近づき来たり「やよ君ら 如何〔いか〕なることを語らうや」

「ナザレのイエス神の人 言〔ことば〕も業〔わざ〕も霊力〔ちから〕ある
預言者なりき然れども 祭司どもにも逆〔さから〕われ
十字架されぬわが民を 贖〔あがな〕うべかりしこの人や

彼死してより三日目の 今朝〔けさ〕女ども告げ報〔しら〕す
『御使立ちてキリストは 復活せり』と、弟子どもも
墓にイエスを見ざるなり 我らは何を信ずべき」

この旅人これを聞き 「ああ愚かなる弟子どもよ
預言者たちの語りたる 凡〔すべ〕てのことを信ぜざる!
そのキリストぞ難を受けて 栄光に入る人なるぞ!」

かくてこの人歩みつつ 預言の歴史語らえり
日暮れに及〔およ〕び旅人ら エマオの宿の食に就〔つ〕く
彼れ祈りしてパンを擘〔さ〕きて 彼らの目より消え去りぬ
10
使徒らも弟子も都にて 主の復活を語り合う
エマオに往きし旅人ら 主の語らいの証しせり
主はその席に現われて 「平安〔シヤローム〕 汝らに〔ラケム〕」と言い給う
11
彼ら懼〔おそ〕れて幽霊と 見なせばイエス「何ごとぞ!」
いざ撫〔な〕でて見よこの体〔からだ〕 霊には肉も骨もなし
我には骨も肉もあり」 彼は魚〔うお〕喰〔くら〕い給う
12
噫〔ああ〕キリストの霊体よ! 旅路の果つるいつの日か
聖国〔みくに〕に呼ばれ往くときは 霊肉渾然一如なる
聖名〔みな〕のゆえなるみ救いに 聖名讃〔たた〕えつつ躍り入らむ!
A46ペンテコステの歌1986.05.03一高寮歌「混濁の波」

時こそ満つれエルサレム    ユダヤ全国各地より
人々の波ヨルダンに      預言者の末裔(スエ)ヨハネより
悔改めのバプテスマ      受けんものぞと押せ来たる

パリサイ人もサドカイも    もの見高にぞさし来れば
ヨハネ叫びて言ひけらく    「蝮(マムシ) の裔よ汝らは
来たらんとする御怒(ミイカリ)を 避くべきことのあるべきか」

「悔改めに應(フサ)はしき  果(ミ) をこそ結べ、汝らは
われらの父にアブラハム    ありと心に思はざれ
神はこれらの石よりぞ     父祖の子らをも起こすなり」

「わが施すは先振れの     水の洗礼、されど知れ
私より後(アト)に来たる人    げに畏(オソ)るべき神の人
燃ゆる聖霊(ミタマ) のバプテスマ 施す人ぞ彼に着け」

さはあれイエス北よりぞ    ヨハネの許(モト)に来(キタ)り給う
ヨハネ驚き「こは如何(イカ)に  逆(サカ)しらなるぞ止(ヤ) め給へ
「今は許せよ我はなす     義(タダ)しきことを身証(アカシ) せん」

キリスト・イエス ヨルダンに 全身を漬(ツ) け立ち上る
見よ天開け聖霊が       鴿の如くに舞ひ降りて
天より声あり「この人は    わが愛(イツク) しみ悦ぶ子!」

噫(アア)主イエスは叫びたり 「我は火を地に投ずべし
み霊の火なり人よ知れ     この火燃ゆれば何かせん
血のバプテスマ十字架を    われ受けてのち火を投ず!」

主は十字架に死して後(ノチ)   墓を蹴破り復活の
生命(イノチ) を現じ弟子どもに 現はれて言う「汝らは
祈りて待てよ、聖霊の     バプテスマをば授くべし」

ペンテコステの日を迎へ    集ひて祈る弟子どもに
烈しき風の吹く如く      天(アメ)なる響き堂に満つ
聖霊の火が人々の       首(コウベ) に点(トモ)りしバプテスマ!
10
使徒らの如く我々も      十字架受けて聖霊の
受洗ありてぞ力あり      無限無量のキリストを
一如になりて身証(アカシ) せん み霊の力 限りなし
A47惠福なるぞ――八惠福――1987.9.1田中穂積作曲「美しき天然」

惠福(サイワイ)なるぞ  汝(ナ) が霊(タマ)は
わが十字架に    あがなはれ
無の貧しさに    澄む菫(スミレ)
汝のものよ     天国は

惠福なるぞ     侘(ワビ)しらに
野に咲く桔梗(キキョウ) 昨日(キノウ) 今日(キョウ)
悲しむ人よ     キリストは
なぐさめ給ふ    涙して

惠福なるぞ     柔和なる
影は河原の     撫子よ
斯かる人こそ    地を嗣(ツ) がめ
この世の末の    聖(ミ) 国にて

惠福なるぞ     夏の日の
向日葵草(ヒマワリソウ)の すがたにて
天つ義の陽(ヒ) に 飢え渇く
そのたましひは   飽くを得ん

惠福なるぞ     紅(クレナイ)の
薔薇(ソウビ) の如く 芳(カグ)はしく
人を憐(アワ)れむ  愛の人
主のあはれみに   愛せらる

惠福なるぞ     谷川の
白百合の如(ゴト)   清らけき
心の人は      隠れたる
神を見るなり    現世(ウツシヨ)に

惠福なるぞ     平安の
床(ユカ)しきすがた  コスモスよ
平和を醸(カモ)す  その人は
げに神の子と    称(トナ)へらる

惠福なるぞ     義のために
責められし人    天国は
その人の有(モノ)  桜花
散りゆく相(スガタ)  美(ウル)はしや
A48ピリポと閹人1988.07.21イギリス民謡「燈台守」

キリストの使者(ツカイ)  ピリポに告ぐ
「南方ガザへの     道に往けよ」
見よエチオピアの    閹人(エンジン)あり
馬車(クルマ) の上にて  聖書(ミフミ) を読む

聖霊ピリポに      語り給ふ
「馬車に近か寄れ    往きて聴けば
イザヤの五十三(イソミ) ぞ ピリポ呼ばれ
傍(カタ)えに坐してぞ   聖書(ミフミ) を説く

閹人彼より       主キリストの
生命(イノチ) の福音 身にぞ受けし
「君見よ水あり     バプテスマを
今こそ受けたし     馬車(バシャ) を止めん

ピリポと閹人      水に浸る
ピリポは洗礼      彼に授く
水より上(ノボ)るや    主のみ霊は
霊人ピリポを      取り去りたり

嬉しや閹人       新生せり
聖名をば讃えて     旅を続く
ピリポはアゾトに    現はれたり
この町かの町      伝道(ミチ)は尽きず

我らもみ霊の      愛にありて
いづこにあるとも    隣人(トナリビト) に
み書(フミ)に因みて    道を伝へ
よろこびを共に     頒(ワカ)たんかな
A49主さまあなたは1988.08.03讃美歌48「しづけき夕の」

十字架・聖霊(ミタマ) の主さま あなたは
我れを救ひて   戦はせ給ふ

主さま あなたは    わが御光よ! 
我れをつらぬき     かがやきたまへ

主さま あなたは   わが肉の霊肉(ニク)
あなたを喰(クラ)ひ   永遠(トワ)にぞ生きん

主さま あなたは   わが骨の霊骨(ホネ)
わが脊椎に      聖手(ミテ)按きたまへ

主さま あなたは    わが血の血なり
天の生命(イノチ) を    ひとにわかたん

主さま あなたは    愛の愛なり
この愛をもて      ひとを助けん

主さま あなたは    歌の詩歌(ウタ)なり
生涯(イノチ) の限り    聖名(ミナ)を讃へん!

主さま あなたは    わが身のすべて
あなたと一如(ヒトツ)   アーメン ハレルヤ
A50盲人の証言1988.08.04讃美歌530 「浮世のなげきも」
1生れながらなる    盲人(メシイ) に出遭(ア) い
弟子どもは訊(キ) けり 「誰(タ) が罪なるぞ」
キリストは言へり   「親にも子にも
その責めあらんや   聖業(ミワザ) のためぞ」

主は地に唾(ツバキ) し 泥を濡(ヌ) らして
これを彼れの眼に   塗(ヌ) りて命じぬ
「シロアムの池に   往きて洗へよ」
彼れかくせしかば   眼は開(ヒラ)きたり!

界隈(カイワイ)の者ら いとあやしみて
とやかく噂(ウワサ) し 彼れに問い寄る
盲人(メシイ) の証言 唯だ一つなり
「イエスという人   わが眼を開(ア) けぬ!」

主のこの聖業(ミワザ) は 安息日に
起きしことなれば   パリサイ人ら
律法(オキテ) を盾にし  イエスと彼れを
殺(アヤ)めんと謀(ハカ)る 何たることぞ

イエスは言い給う   「我れ審かんと
この世に来(キタ)れり  目あきは霊盲
盲人(メシイ) は目あきの 逆転なるぞ」
み神の栄光      ここに現はる

われらも各々(オノオノ)  み霊の光
全身に浴びて     救はれしかば
主なるキリストの   僕(シモベ) 婢(ハシタメ)
生涯(イノチ) をかけてぞ 証人(アカシビト) たらん
A51受肉のキリスト1988.08.05讃美歌538 「過ぎゆくこの世」

永遠(トワ)の太初(ハジメ) に  言霊(コトダマ)ありき
言霊 神と       共に在りけり

言霊の性(サガ)      神性(カミ)にてあれば
よろづのものを     成り出でしめぬ

言霊 生命       生命は光
光は闇に        うち勝ちたるぞ

まことの光体(ヒカリ)    世に現はれぬ
世はそを知らず     み民も受けず

言霊 肉と       成りて幕屋を
われらの中に      張りて宿りぬ

彼れの聖名(ミナ)をば  信ずる者は
神の子たるの      めぐみを受くる

かくてみ神の      独子イエスは
恩恵(メグミ) と真法(マコト)   体現したり

父なる神の       みふところなる
キリストこそは     神の顕現!
A52エン・クリスト1988.08.05讃美歌315 「浮世の荒波」

「我こそまことの    葡萄の樹(キ) なるぞ
わが父は農夫      汝らは枝なり

汝(ナ) れら我に居れ 我れも汝れらにぞ
然(サ) らば祈れよ    必ず成るべし

父我を愛す       その如く我れは
汝らを愛す       わが愛に居れよ!

わが愛の如く      汝らたがいに
愛せよ助けよ      自由の律法(オキテ) なり」

主は我らのため     生命を棄てたり
愛の極みこそ      棄身の愛なれ

主の遣はし給う     聖霊(ミタマ) 助主(タスケヌシ)
祈りに應(コタ)えて    み力を賜(タマ)う

この世紀末の      危機の世界にて
我らはひたすら     聖霊(ミタマ) の人たらん!

父御子(ミコ)聖霊(ミタマ) の 一如の現実(ウツツ) に
我ら投身(ナゲミ) して 一つとせられぬ
A53敵味方相抱く――ビルマの竪琴に因みて――1988.08.06「埴生の宿」

人のまこと     神の讃美
戦(イクサ) の場(ニワ)の 或る兵士
竪琴(タテゴト)弾き 聖名を讃う
名曲 聞き     敵も歌う
噫 敵味方
胸の中(ウチ)     相抱く

戦(イクサ) 終り 帰国の路(ミチ)
竪琴の人      影見えず
戦友の叫び     虚空に消ゆ
彼れ断腸の     思念(オモイ) なり
噫 戦死者の
慰霊のため     止どまれり
A54復活の力1987.04.12讃美歌384 「我こそ十字架の」

エノクはメトセラ    生みしのちに
三百年間        神と共に歩む

エノクはみ神に     伴(ツ) れられたり
死を見ずこの世に    居らずなれり

エリヤは死にたる    子に三つたび
おのが身合はせて    よみがへらす

エリヤはバアルの    預言者らと
神の火求めて      祈り勝てり

エリヤは火の人     ヨルダンにて
火車火の馬       現はれたり

エリヤは炎の      風に乗りて
み空の彼方に      飛び去りたり

エリヤの分身      神の人よ
エリシャは死にたる   子を憐れむ

身を子に合はする    七度びにて
子は甦へりぬ      あなうれしや

エリシャは死にたり   神の人よ
エリシャのむくろは   白き骨よ
10
エリシャの墓場に    他人(ヒト)の屍(カバネ)
投げ入れられたり    誰か知らん
11
エリシャの白(シラ)骨   その屍に
触(フ) るるや屍を  甦(ヨミガ) へらす!
12
噫! 神の人は     死にて死なず
生命の霊骨       霊(ク) すしきかな!
13
エホバに呼ばれて    エゼキエルは
霊にて枯骨(ココツ) の 谷を見たり
14
枯骨に預言す      見よ枯骨に
骨肉生じて       よみがへりぬ
15
ヤイロの娘が      今はの際(キワ)
ヤイロはイエスに    按手(ミテ)を求む
16
イエスは途(ミチ)にて 十二年も
病みたる女を      癒(イヤ)し給ふ
17
ヤイロの娘は      すでに死せり
人々泣きおる      希望絶えて
18
されどもイエスは    娘を見て
憐(アワレ) み叫べり 「タリタ・クミ」と
19
「乙女よ起きよ!」の  此のみ声に
甦へりたるぞ      あなうれしや
20
ナインの寡婦(ヤモメ) の 独子(ヒトリゴ)死す
その死出の途に     イエス出遭(ア) ふ
21
イエスは憐み      「泣くな母よ」
み手をば柩(ヒツギ) に 按(オ) き給へり
22
「若者起きよ!」と   主は叫べり
若者直ちに       甦へりぬ
23
マルタとマリヤの    ラザロ死せり
イエスも泣きけり    情け深く
24
死の後三日(ミツヒ)も 経(ヘ)にしラザロ
「ラザロよ出で来よ!」 主は叫べり
25
言下にラザロは     出で来たれり
何たる蘇生ぞ      主の御力!
26
主イエスはゴルゴタで  十字架にて
雄叫(オタケ) び給へば 幕は裂けぬ
27
み声に応へて      霊震あり
聖徒の死屍       甦へりぬ
28
岩なるみ墓の      主の躯(ムクロ) は
三日目の晨(アシタ) に 甦へりぬ
29
主イエスの聖言(ミコトバ)  「我は生命(イノチ)
復活(ヨミガヘリ) なるぞ」 ハレルヤアーメン
30
エン・クリストにて   死を乗り越えん
十字架・聖霊      めぐみ尽きず
A55人は誰しも1989.08.20中山晋平作曲「さすらいの歌」

人は誰しも      長所(トリエ) と短所(キズ)よ
互いに美点      みとめ合い
落度見棄てて     交(マジワ) りゆけば
雲は遁(ニ) げゆき 陽(ヒ) は光る

人は誰しも      躓(ツマズ) くものぞ
されど互に      ゆるし合い
交るところ      喜びが湧く
そこに花咲き     鳥歌う

人は誰しも      ドラマの中ぞ
不遇の時に      思い遣(ヤ) り
愛し労(イタワリ)り    助くるところ
天の涙に       虹が立つ

人は誰しも      噂(ウワサ) や陰口(カゲグチ)で
パリサイになる    虞(オソ)れあり
かかるときしも    十字架のもと
語り合うこそ     いと善けれ

十字架の贖罪(ユルシ) に 救はれし我
うちに聖霊(ミタマ) の 力あり
さればいかなる    誹謗(ソシリ) も迫害(セメ)も
忍び荷いて      祈りぬく

十字架はイザヤ書   五三(ゴサン) の預言
聖霊はイザヤ書    三五(サンゴ) の現実(ウツツ)
これぞキリスト!   この主にいつも
祈り入りてぞ     生き貫(ヌ) かん

自然も国土も     神の有(モノ)ぞ
個人(ヒト)も国家(クニ)も 使命あり
然るに慾の      渦(ウズ)巻きのため
サタンは世界を    掌(テ) の中に

人は誰しも      救済(スクイ) を要する
つみびとならずや   世の人よ
神の御(ミ) 前に 平伏さざれば
いつか世界は     大破局(カタストローフェ)!
A56ペンテコステ讃歌1991.05.01讃美歌273B「わが魂を愛するイエスよ」

主はこの世にて      侘(ワビ)しき霊止(ヒト)よ
父なる神に        祈り入りてぞ
聖言(ミコトバ)受けて     人に語れど
人に耳なく        野花が揺らぐ

主は天地(アメツチ)を     幕屋となして
ここかしこにて      病も死をも
生命(イノチ) に化して   みたまの力
現じ給へり        ああパラダイス

我は地に火を       必ず投ぜん
この火燃ゆれば      何をか望まん
然(サ) れど受くべき    バプテスマあり
この身砕くる       ゴルゴタの丘

主は十字架の       贖罪(アガナイ)を遂げ
復活・昇天        ペンテコステに
祈り待ちたる       人らの中に
火の聖霊を        投じ給へり

かくてペテロも      ヨハネ、ヤコブも
古きに死して       甦(ヨミガエ)りたり
御霊(ミタマ) の次元   無比の現実
今や使徒らは       主の証人(アカシビト)

御霊の光         今や何処(イズコ) ぞ
かくも信なき       この世紀末
主に投身(ナゲミ) して 主にあればこそ
聖霊の火ぞ        この身に燃ゆる

キリスト召団       エン・クリストぞ
我らの使命        何処にありや
十字架・聖霊       生命の根源
これを身証(アカシ) して 貫きゆかん
A57火の民1992.08.23中山晋平作曲「さすらいの歌」

大和島根は 大海原を
望む島国 火の山国〔やまくに〕
到るところ 温泉〔いでゆ〕が湧くよ
されば我らは 火の民よ

大和民族 選びの民よ
国旗は日の丸 無比の旗
されば光の 国民〔くにたみ〕なるぞ
神の光を 身証すべし

されど神なき 民主主義は
自由に責任〔せめ〕なく 秩序なし
愛なき教育 義なき政治
かくていづこへ 落ちゆくや

今や世紀の 終末〔おわり〕は近し
世界平和は 空望〔からのぞみ〕
十字架の愛 聖霊の火よ
愛とこの火を 証しせん
A58安息日1993.09.11讃美歌121 「馬槽の中に」

いづれの里も       住めば都
立ち去りがたき      わが家(ヤ) なるぞ
主イエスにありて     生くる惠福(サチ)を
たぐいもあらぬ      パラダイスなり

七日(ナノカ) 目ごとに めぐり来たる
安息日(アンソクジツ)の オアシスにて
主イエスの力       臨みきたり
まことにうれし      主と一つなり

主の日を守り       讃美歌うたい
友らと共に        み名をたたえ
生命の源(モト)の 主に祈れば
み霊の力         臨み来たるぞ